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2011年3月13日 (日)

東北地方太平洋沖地震

それは映画のワンシーンを観ているようだった。

その日、その時、とあるショッピングセンターの4階にいた。ちょうどエスカレーターを昇り、フロアを歩き始めた時だった。

バチっという鈍い音と共に照明が消えた。すぐに非常灯が点いたが、薄暗いままだった。どうしたのだろうか…そう思った瞬間だった。地鳴りのような音と共に激しい揺れが襲った。収まることもなく、揺れは激しくなる一方であった。突き飛ばされるような揺れに立っていることも困難になり、床にへたり込んでしまった。為す術は全く無い。こんな時、人間は無力である。

薄暗い中、だんだんに大きくなる揺れ、建具が歪み壁や床が波打つ。建物自体が軋む音が薄暗いなか響いた。本当に恐ろしかった…
激しい揺れの中、先日起きたニュージーランドの地震が頭をよぎった。もしかしたら死ぬかもしれない…そう思った。揺れの時間がとてつもなく長く感じた。

ようやく揺れが収まり、フロアにいた人は非常階段で避難を始めた。パニックになってもおかしくない状況であったが、みんな意外と冷静であった。殺到することもなく、譲り合いながら出口に進んだ。こんな緊急事態だったにも関わらず、争いも起きずにスムーズに避難出来たのが救いであった。


外に出てしばらくした時、再び大きな揺れが襲った。余震にしては大き過ぎる。本震の大きさがその時は理解出来てなかったので、そう思ったことも当然だったかもしれない。


しばらく待てば電車は動き始めるだろう。そう思いながら駅に向かう。その時点で、まさか交通網がすべて麻痺しているなんてことは夢にも思ってなかった。徐々に入ってくる断片的な情報から、未曽有の災害だったことがわかり始める。

臨時の避難所が案内される。
とりあえず幹線の走る駅まで行こう。そう思い、とにかく歩き始めた。信号は消えていた。まだ明るい日中だったので、分からなかったが、ライフラインが絶たれていたのである。

道路は交通統制を失い、激しい渋滞が起こり始めた。これほどの人が歩くことがあるのだろうか…そう思うほどの人で道路はあふれた。


日が暮れ始め、夜のとばりが近づく。鉄道は復旧の見通しどころか、駅を閉鎖するという考えられない方向に進んでいた。

街は帰宅難民であふれ始めた。路頭に迷う人たち。幾度となくテレビニュースでは見かけたことのある光景、自らが当事者になるとは夢にも思っていなかった。

避難所に行くか迷った末、歩くことに決めた。20キロ近く歩いた深夜、運良く動き出した電車に乗れて、帰ることが出来た。時間は午前3時を回っていた。帰ることが出来ただけ幸運であったと思う。

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